2011/08/13

生々しさ・非生々しさ。

最近はすっかり夏バテしている。
室内でエアコン無しの状況はなんとか耐えられるのだけれど、
炎天下に外出するのがとにかく無理。
それでも、どうしても行きたかったので、午前中の涼しいうちに、
高松市美術館で開催中の企画展、小谷元彦の「幽体の知覚」に行ってきた。
匂いだったり、毛穴だったり、温度だったり、水分だったり、
生き物の生々しさは視覚以外の部分から感じ取ることができる。
経験を通して生々しさは人間に蓄積され、その経験から非生々しさがはじき出される。
そんな生々しさと非生々しさが同居した展示だったと思う。
匂いも温度も感じない彫刻や絵画やアニメに
人は経験値を通して生々しさを感じてるのかもしれない。


私は多少、生々しさが感じられる音楽が好きだ。
クラシックも、ロックも、4つ打ちミュージックも、世界の民謡も
少しでもいいからどこかに生々しさを感じ取ろうとしてしまう。
リミックスされてない原曲も生々しさを感じるので、好きだ。
もちろん、リミックスものもはっとする輝きがあって高揚するのだけど、
ずっと続けて聞いてると飽きてしまう。
生で演奏する音楽を感じてきたライブハウス育ちなんだと改めて実感する。


この1年ほど、忙殺すぎて、私自身の生々しさを感じる瞬間に飢えていたのだと思う。
体力とか、アイデアの混沌が私自身を曇らせていたのかもしれない。
色んなことをクリアにして、向き合う時間を大事にしたい。
そう、8月を始まりの月にして。



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