2009/05/01

最近の若者は・・・という言葉が嫌いな理由

毎年、誕生日には自分のことをきちんと考えるようにしている。20代はとにかく激動の10年間だったので、心境の変化はあったかもしれないけれど、根本的な部分はあまり変わっていないように感じる。良し悪しである。けれど、いつまでも反骨精神は持ちつづけたいと思いながら31歳を迎えてしまった。


ずっと抱いてきた疑問がある。
この疑問(というか問いかけ)をテーマに日常の煙を書こうと思いつつもう半年。ようやくきちんと腰を据えてこの疑問について書いてみようと思い立ったのである。(要は携帯から更新するのではなく、パソコンに向ってようやく文章を書く時間ができたということ)


常々、年上の方がこのようにおっしゃることがある。


「最近の若者は挨拶もろくにできん」
「最近の若者は歩き煙草するから危ない!」
「最近の若者は・・・・・・」
「私達が若い頃はもっと良かった・・・」


この最近の若者は・・・の後に続くお決まりの言葉達。用途としては若者文化を否定的に捉えて非難する時に使っているのだろうけれど、これって今現在の若者だけに言えることなんだろうか?
じゃあ先輩方の若い頃はどうだったのですか?と逆に言いたくなってしまう。例えば、40年前。空前のヒッピー文化。あの時代は独特な若者文化が突出していた時代だったのではないか?当時の若者達は、更に上の世代から「最近の若者は・・・・」と言われていたのではないか?そして、更に上の、また上の。歴史は繰り返しているのである。時代が変わろうとしていることをどうしても受け入れられずに、若者の所為にしているのではないか?


変わらないことだってたくさんある。
最近の若者だけじゃなくてもこちらが挨拶しても返してくれない上司とかいるし、歩き煙草をするおじさんもたくさんいる。ポイポイゴミも捨ててるし、理由もわからないまま罵倒する人もたくさんいる。若者だけの特権ではないはずだ。もちろん中には歩き煙草など他人に迷惑がかかってしまう行動を取っている若者もいる。でもそれは若者の中の一部。「最近の若者は」とひと括りにしてしまうのがどーうしても納得できないのである。


若者だって礼儀正しい子もいるし、人それぞれ。世代なんて関係ないのだ。
人は時代の中で生きているのだし、新しい時代を作るのは常に人である。
お互い寄り合えばいいじゃない。
まだまだ若輩者とはいえ、私は年々歳を増していき、自分より若い人がどんどん増えていくばかりだ。ここまで私が成長できたのは人生の先輩方のおかげだし、まだまだわからないことがたくさんある。だから、人生の先輩からもっと多くのことを学びたいし、敬う気持ちももっともっと強く持っていたい。


若者だからどーだとか、そんな簡単な言葉で全部をひと括りにしないで欲しい。世代など関係ないのだから。